青之丞(あおのすけ)の旅と読書日記

旅の途中で読んだ本の紹介と、撮った写真にまつわる歴史

『坂の途中の家』 角田光代 朝日新聞社

 

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出産を機に7年勤めた会社を辞め、専業主婦になった里沙子。娘も2歳になり、順風満帆とはいえないまでも家族3人平凡に暮らしていた。そんな里沙子のもとに裁判所から1通の封書が届いた。六週間後に行われる刑事裁判の裁判員候補者に選ばれたという知らせであった。担当する事件は、乳幼児の虐待死事件で、都内に住む三十代の女性が、水のたまった浴槽に八か月になる長女を落とし、長女が死亡した事件。公判を重ねていくうちに、長女・文香が産まれた時から今まで里沙子が子育てに不安を感じ、思い悩んでいたことと、被告・水穂の幼児殺人の動機がシンクロしていく。悩めば悩むほど、自分を追い込むようになり、夫、義父母、実父母、周辺の些細な言葉に必要以上に傷つく。次第に裁判員としての立場を忘れ、水穂を庇うことによって、里沙子自身を庇っていることに気づく。この先、自分が水穂になっていくようにすら思いはじめ、里沙子は、ますます追い詰められていく。

人が精神的に追い込まれていく様子が恐い。人間が、言葉が恐くなる。人に指摘された言葉が、次第に自分の言葉となって、ますます自分を追い込んでいく。他人が恐くなり、外部との接触を絶てば絶つほど、ますます状況は悪化する。誰もが経験していることだが、犯罪者になる人間と、ならない人間の差はどこのあるか。きっと、そこに大きな差なんてなくて、誰もが向こう側の人間になる可能性をもっていると思ってしまう小説。

満足度3.8(5点満点)